マルチメディア放送が始まれば、ラジオの時代が再びやってくるか!?

マルチメディア放送が始まれば、ラジオの時代が再びやってくるか!?

この記事は2013年10月掲載したものを2018年6月18日に編集したものです。

東京オリンピック以後のラジオ

先日、WBSでラジオの未来についてやってました。

TFMのパーソナリティカレッジに通っていたときや、コミュニティFMのラジオパーソナリティをやってたときも、やっぱり、全盛の勢いというのは、感じられず、今後のラジオをどうして行けば良いのか?という課題意識が業界全体で強かったのを覚えています。

震災で深まったラジオの存在意義も時が経てば下火

その後、東日本震災が起きて、ラジオの必要性が盛んに取り上げられましたが、時が経てばまた、そんなことも忘れられているような感じ。

そんな中、今後のラジオは、マルチメディアに組み込まれる形で発展するのではないか?という予想があるそうです

ラジオの音声だけでなく、画像や映像をインターネット回線ではなく、電波で飛ばすというものらしいです。
インターネット環境に左右されないので、すべての人が平等に受け取れる点では、情報弱者も作らない。
それこそラジオですね。

映像と音声?それってテレビじゃん?というツッコミもあるかもしれません電波で飛ばしているのでラジオなのです。

そのマルチメディア対応ラジオはテレビとどう違うのか?
それはマルチメディア対応放送があまり進んでいないので違いが打ち出せずにいる。

この記事をかいた5年前からこのマルチメディア対応ラジオは普及せずにいるようだ。

ちなみに見えるラジオというのは全く別のサービスだったけど数年前にサービス終了している。

視覚情報も活用したラジオが発展しなかった経緯から考えると、もしかしたらラジオは「進化」する必要はないのではないか?

ラジオの強みは電池1つか2つで動く。充電不要。

電池で動く。
回線不要。
この2つのメリットが続く限りラジオは存続していくと思っています。

聞く側の手軽さと発信する側の手軽さ

更に重要な特徴は、手軽さ。
聞く側の手軽さはもちろんですが、発信側の手軽さも重要で、テレビのようにたくさんの打ち合わせやプロフェッショナルが必要なメディアもあれば、地域のコミュニティFMのように、地元のパーソナリティがたどたどしくも自らの言葉で身近な情報を発信できるようなメディアも必要だと思います。

とりわけ人の命に関わることはスイッチポンで誰でも平等に情報を受け取れるものでなければならないと思います。

そういう意味で防災情報がSNSに頼りっぱなしなのは良くない。うちの母親はツイッターをやっていない。
ネットをやっていない人にとって、テレビの電波が倒れた、停電が起きた、スマホは電話としてしか使っていないという人にとって消去法でラジオが残る。

進化すべきはハード面ならぬソフト面なのかもしれない。

がんばれ!ラジオ!そして、地元のFM局立ち上げも応援!ぼちぼち会議があるはずなんだけど、連絡とってみよう。

2018年6月の追記

これは2013年10月21日の記事ですが、地元、厚木市のFMラジオ局立ち上げ計画は周波数の確保と予算の確保が難しく立ち消えになりました。
緊急時だけのラジオでは、ラジオの存在はなかなか浸透しない。
平常時のラジオの活用の仕方については、今も課題として残っています。
なにせ、テレビと違ってタイマー録画ならぬタイマー録音機能ができる端末もそれ以前にラジオがない状態で好きな番組ができたとて、その時間にラジオの前で待って聞くなんてことはこの令和の時代にありえないわけです。
radikoはそこを上手くフォローしていますが、むしろコミュニティラジオの方がそれをやらなければ、本当に聞く人がいなくなる。
ブランディングの道具ではないんですよ!ラジオは情報を伝えるメディアなのです。