言葉を失うことが無視しているように映るSNS

言葉を失うことが無視しているように映るSNS

メールやSNSの交流でコトバを失うと、結果的に無視しているように見えてしまうだろうな・・・

という話。

いつも、僕の書き込みにコメントをいただく女性の方がいらっしゃるのですが、お父様が他界されたそうです。
実際、お目に掛かったことはないのですが、こういうとき、コトバというのは、選択肢を誤るわけにはいかず、文才のない僕は、その文章を噛み締めることしかできないのです。

以前から、相談を受けていた女性から離婚が決まりましたと連絡がありました。
相談を受けていたと言っても、今ある実情を応援することしかできなかったぼくだけに、それを聞いたところで、何をどう答えて良いかわからず、逆にひねり出したコトバが彼女を傷つけかねないと思えば思うほど、何も返せませんでした。

時には、言葉を失うという「応え」も、コミュニケーションはあるはずなのに、こういうオンラインでの交流では、それが無視や無関心に見えてしまうリスクを感じてしまいます。

難しいよな、文字というのは。

そこに体があれば、きっと、自分の言葉を失う思いも伝わるだろうに・・・