告白。2ヶ月前、うつ症状を起こしてた。

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ぬるま湯につかっていました。
フリーランスといえど、大きな取引先が一件あったので、そこのお仕事を中心にコンスタントにこなしながら、あとは音楽を作り、脚本を書き、世の中にチャレンジしていく。
このライフスタイルが10年以上。
企画デザインのお仕事と、アーティスト活動がこのライフスタイルでぶった切れてたんです。
だから、前の話になるけど、アーティスト活動している中で知り合った人たちの中では、「本業ってなに?」になるんです。
かたや、デザイナー、企画開発で取引している取引先の方は僕がライヴハウスのステージに立ったり、ケーブルテレビ番組の司会をやっているなんて知る由もない。
でね
実は
企画の仕事のほうのその大きな取引先、一件が諸事情でなくなってしまったんです。
一つのお客さんが売り上げの5割以上を占めているとそこが倒れたら共倒れになるなんてことは大田区の町工場と同じような生き方で、テレビや新聞の中の出来事だと思っていた。
危ないことやってるなーと他人事のように思っていたことを自分もやっていたんだと今になって気づいた。
不況
家族を養っている僕にとっては青ざめるようなピンチになったんです。
試行錯誤しながら、商品を開発しつつ、音楽やシナリオでもうワンランク上に上がることはできないか?とか色々考えつつも、もっとリアルな方向に思考をもっていかないと!とか、あせる毎日。
夜、眠れなくなり、深夜、毎晩のように暗闇の中、布団の上ですわり続けていた。
そんな日々が1週間近く続いた。
それで第一に思ったのが、音楽と脚本で早く一本立ち(二本立ち?)しなければならない!ってことでした。収入が安定していた分、ハングリー精神を失って、継続していけば、少しずつ仕事は入ってくると悠長に思っていた。
安定が僕をのん気なやつにさせていた。
実はこんな風に軽度のうつ症状になっていたのは2ヶ月前。
でも、救われたことに、一年前、僕は心理カウンセラーの学校に行っていたんです。
ただ、すわっていただけじゃなく、自然に自己カウンセリングを思考のなかで繰り返したいたんです。
それでも、週に1度のヴォイストレーニングは仮にも講師だし気丈にふるまい、生徒たちをオーディションの合格に導くこともできた。
そんな日々でも人と関わることで小さな喜びはちょこちょこ訪れた。
自分の子供たちもいる
世の中の逆風に負けるわけにいかない
恥を忍んで人に相談し、わらをもつかむ気持ちで本をむさぼり読んで、あえて日経新聞を購読し始めて、絶対乗り越えてやる!って思った。
この逆境にいどんで1ヶ月。
この逆境の中にいたからこそ、世間のいろいろなことが見えてきました。
試行錯誤したんです。
どうしたらいいのか?ということを。
逆境がなければ考えもしなかったことをずっと考え続けた。
色々なことにチャレンジしたし、世の中の便利といわれるツールの使い方をとことん熟知しようとした。
実際、使いながら、自分にとってはどう使えばいいのかを考えた。
そしたら本当に便利なものがあったり、自分にとっては世間で騒がれているほどのものではないものもあった。
世の中がやっとクリアに見えてきたと思ったのが先週くらい
知り合いに会う機会を多くしたせいか、自分がわかり始めて、自分のアイデンティティは一つだって事に気づいた。アーティストでもあり、広報プランナーでもある。それが僕だった。隠す必要も切る必要もない。
今まで行動に移せなかったあれやこれやを動かし始めた。
逆境が訪れたことをのろっていたけど、今では良かったと心底思っています。
まだ、家計は完全に復旧していませんが。。。
この逆境をチャンスに変えられるかもしれない。変えつつある自分がいる。
ただ、安定していたから動かなかっただけで、いざ、動いてみると自分の実力も捨てたもんじゃないと思えるようなフィードバックが確実に返ってくる。いつの間にか積み上げていたものがあったりした。
そんな気づきがちょっと訪れ始めています。
だから、大田区の町工場も、もちろん、被災地のみなさんも(僕の逆境に比べたら比較にならないほどの影響を受けたと思います。)この先に絶対に光が差すと信じて
進む。