意志の弱い人間ですから「やらなくちゃまずい!」という状況を作ってスタート。

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シナリオセンターで、毎週、原稿用紙20枚のシナリオを書くことになっています。
映像作品としてはおよそ10分程度。
世にも奇妙な物語くらいの長さのシナリオを毎週、書くわけです。
正直、僕の頭の中にはあふれだす水源があるわけではないので、なけなしの一滴を絞り出す作業が続いていました。
ただ20枚書かなければ誰かにこっぴどく叱られるわけでもないんだけど、講評をいただくために決して安くはない受講料を払ってるわけで、書かなければもったいないむっ
要するに貧乏人根性で書いてたわけです。
もはや、「伝えたい!」とか「視聴者を喜ばしたい!」という感覚ではなく、完全に「もったいない!」という感覚で書いていました。
一度、それでも書いた方が良いのですか?と聞いたことがあるんですけど、それでもなんでもまず書くことだ!と教えられ、書き続けてきたんですね。
無理矢理書くことで、イメージを絞り出す術、取材したり、書きながら熟考したり、そういう時間が技術を押し上げてくれたと思います。
結果として、伝えたいことを実際に書くときに使える技術と体力が養えました。
思うことは、こんなふうに無理矢理でも書き続けるということは、絶対に自分一人ではできなかったと言うことです。
原動力の要素は、月謝だったり、所属していることであったり、講師や場所の規定であったり…
この経験から一つ教えをいただきました
何かを始めるならば、周りの影響を受けるところに立って、
やらざるを得ない状況を作るのが一番早い

人間は弱いから、やらなくても明日困らないのであればやらない。
だからこそ、やらないと困るような状況を作ることは有効だなとシナリオを書き終えて思ったわけです。
ずっと舞台の脚本を書いてきたことをお休みして、映像に転向しようと20本のシナリオを書き続け、これからまだ、次のステージに進むわけですけど、
ぼちぼち映像で自分の伝えたいことを大事にじっくり書いてみたいと思います。
月謝のためではなくて、伝えるためのシナリオを。
(もちろん、20作品月謝のためだけに書いたわけではないですけど!!!)
ただ、この場合も、働かずして、シナリオが採用されないと明日がないという状況に追い込めばさらにすばらしい作品ができるのかもしれないな…とは思いつつも、一家の大黒柱がそんなことをできるわけもなく得意げ
そういう場所で培った技術を総動員することでそれと同じだけの効果が出るんだろうなと思うわけです。