人脈を作るなら原石を見つけて失敗も付き合おう

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成功と挫折を繰り返して40歳。
浮き沈み激しく
大きな舞台は、国立劇場、東銀座のあの歌舞伎座です。
歌舞伎出演歴がある。若干17歳でした。
先代の市川猿之助先生(先生と呼ばせていただいていました。)の義経千本桜に狐役で出演。
このまま歌舞伎の道に進もうとしたところ、高校との両立が難しく父親に反対され役者の道を取り上げられた。
その後、1年浪人して大学に入り、役者を1から再スタート。小劇場を渡り歩いた。小さな舞台は数知れず。
小さな舞台でも、脇の脇になったこともある。
17歳で歌舞伎を取り上げられたことでバンドを始めていたので、19からは役者と音楽の二足のわらじ。
ライヴハウスに100人近く呼べたときもあれば、ソロで弾き語りをやっていたとき、江古田のライヴハウス、マーキーで3人の前で歌ったこともある。
その三人は、友人2人と、今の奥さんである。
これじゃ、オレの部屋でやってるのと変わりないじゃんかとタイバンにどついた。
(タイバン、2組は1人も客を呼ばなかったのだ。)
うまくいったり、全然、人気がない時期があったり、上下運動(?)甚だしい芸能活動。
芸能、芸術なんて、飽きられれば早いし、流行すたりも甚だしい。
これだ!と思った翌年にはそれじゃダメだったりする。
バンドの人気も解散時は集客30人を下回っていた。
「土日から平日に回ってくれる?」メンバーでやけ酒を食らったこともある。
解散してソロになってからまた、渋谷のライヴハウス多作で人気を盛り返す。
絶頂期がまた来た。
その後は子育てにシフトして作曲や脚本と裏方に行ってしまったので、自分の中では、アーティストとしての絶頂期は継続中である。
ただ、これだけ上下を繰り返していると、人のことがよく見えてくる。
うまく行っている時だけ近寄ってきて、ダメなときに離れていく人。
それとは逆に、うまく行っている時はもちろん応援、サポートしてくれるけど、ダメなときも一緒に支えてくれる人がいる。
何がいけなかったのか?一緒に考えてくれる人とは長く付き合っていく。
最近の話。
フリーマガジンを始めて、地元のメディアが、「創刊から密着します!」と言ってくれた。
こんな、知名度も何もないときから支えてくれることが嬉しかった。
ちいさな卵の状態から、声を掛けてくれる人を大切にしたい。
今朝、アップル1号機が2500万円の価値があるとニュースバラエティ番組でやっていたけど、200台しかないマッキントッシュの1号機の価値は、きっと知名度も何もないときにその価値に気づけた人の思いも入ってのものなんだと思った。
世間からまだ、認められていない、スタートを切ったばかり。
そういう人がたくさんいる。
その意欲と才能をしっかりと見て、応援できる!と思った人の成功も失敗も共有していくことが、本当の人脈につながるのだと思う。
セミナーで名刺交換したって、SNSでいいねしたって、何にもならない。